東海道五十三次とエボルタ君

asuka-life2010-11-16

先週は、Panasonic エボルタ君が、
東京日本橋から、歩いてはるばるとやってきてくれました。


エボルタ君は、9月に日本橋を出発し、
旧道の東海道を一日一宿のルールで歩いています。
ここ三重県まで来るのに、約二ヶ月かかっています。


今や、東海道新幹線のぞみ号の車窓景色は
飛ぶように流れて行きますから、文明の力ですよねぇ。
日帰りは当たり前です。


私が今住む地域は、旧東海道沿いにあり、宿場町として栄えた場所でもあり、
道標をはじめとして、建物や店などが、今もその跡をあちらこちらに残しています。


三重県へ来て5年近くになりますが、
最初の頃、この東海道に立つと、
まるで時間を超えるような感覚をよく感じていました。
夜中、ひっそりとした時には、
チョンマゲ姿にワラジを履いた旅姿の人達が、
今にも現れそうな、錯覚にも似た感じが幾度かありました。


中には、ぬけ参りの人もあったでしょう。
抜け参りとは、女・子供・使用人などが、主人に無断で伊勢参拝をすることでした。
手形やお金を持たずに、杓(ひしゃく)を持ち、街道筋では、人々が施行を行って(宿、銭、飯、粥、茶、菓子、手ぬぐい、草履、杖、籠、馬など)、参宮を助けたようです。


広重の浮世絵には、よく見ると、杓を持った人々が描かれています。


美濃国(岐阜県)などでは、12〜3歳になると、
親が子供達に抜け参りをするように仕向け、成人の通過儀礼としていたようです。
道中で人から旅の情けをかけてもらい、
一人では生きられないことを気付かせるためだったともいわれています。


上記、伊勢市の検定お伊勢さんのテキストを参照しましたが、
伊勢神宮にまつわることは、ガイドブックなどよりわかりやすく書かれています。
興味のある方はぜひ、読んでみて下さい。


凝り性の私は、三重県に来てから、
伊勢神宮に関することに数年間はまってしまい、
時間を見つけては、神社や博物館へあちこち足を運んでいました。
愛知県で育ったので、昔から親に連れてこられ、馴染みのあった伊勢神宮ですが、
今も気が向くとふらりとよく出かけます。


「江戸時代の足音が聞こえてきそうな道だよね」
と夫とよく話していますが、
まさか未来に、
エコな充電式乾電池で、ロボットが東海道をカタカタと歩くなんて、
江戸時代に誰が思ったことか?!
伊勢国の大名も、生きていたらさぞかし驚いたでしょう(笑)


終点の京都三条大橋まではあとわずかになりました。
頑張れエボルタ君!


海と山の自然ある美し国伊勢へ、皆様もどうぞゆるゆるのんびりしに、いらして下さいませ。